2011年3月11日に東日本大震災にともなう福島第一原子力発電所の事故が発生した。それ以降、私たちの間には、漠然とした放射能に対する不安が広がっていった。その見えざる不安を日本人の現代美術家・演出家である高嶺格(たかみね ただす)が映像作品として可視化させた。これらの映像作品「ジャパン・シンドローム―ユトレヒト・バージョン」は現在、オランダ、ユトレヒトのカスコにて紹介されている。
高嶺は同時代の問題をインスタレーションやメディアアート、パフォーマンスによって浮かび上がらせ、日本のみならず世界でも高く評価されている。例えば《ゴッド・ブレス・アメリカ》(2002年)は、アメリカが9.11以降イラク戦争に突き進むことに対する批判を出発点としたビデオ作品である。そこでは2トンの油粘土でできた巨像に「ゴッド・ブレス・アメリカ」を歌わせようと格闘する姿がクレイアニメの手法で映し出される。
今回の展覧会は二会場で行われている。第一会場では「ジャパン・シンドローム―ユトレヒト・バージョン」が展示されている。《ジャパン・シンドローム》とは、公募で集まったパフォーマーが地元のさまざまな商店などに出向き、原発事故による影響や放射能汚染の懸念を投げかけた時のやりとりをもとに、高嶺が台本を作り、再現した会話劇のシリーズである。山口、関西(京都・大阪)、水戸の3バージョンがあり、これら3作品を同時に展示したのがユトレヒト・バージョンである。
商品の安全性をたずねた時に、店員は福島から離れた土地の作物や外国産の魚をすすめたり、客に同調して放射能汚染を危惧したりするものもいたが、多くは不安と恐れを垣間見せながら「検査済みだから大丈夫」、「空気中にもある物質だから問題ない」など、国や県の安全声明や学者の主張を繰り返していた。疑問を抱いていても、政府が言うから、みんなが言うから「安全」と言わざるを得ない消極的な賛同、もしくは積極的に「危険」といえない空気が全ビデオを通じて感じられる。福島に近い当事者としての水戸、そこから離れた関西と山口の反応は当然違っていたが、やはりそこには通底するものがある。
第二会場のカスコ・ショップでは《核・家族》(2012年)が見られる。一階から地下一階の展示室の壁一面に高嶺家の平和な家族写真と世界中でなされてきた核実験の歴史を展示されている。平和な生活の裏で核実験が膨大な回数おこなわれ、日本の平和はアメリカの核兵器によって守られきたという事実が示唆されている。折りしも4月9日にはオランダのデン・ハーグにおいて、日本やオーストラリア、オランダなど核兵器を保有していない10ヵ国で構成する軍縮・不拡散イニシアチブ(NPDI)の外相会合が開催されたところである。これからの原発を含めた核のあり方を話し合うためには、これまで見えていなかった問題を考察しなければならないだろう。高嶺の作品は、美術の力によってこれらの問題を明らかにしようとしている。
「高嶺格:ジャパン・シンドローム―ユトレヒト・ヴァージョン」は7月6日まで開催(月曜日休館)