もしも音楽が愛の糧であるならば、奏で続けよ。
―――シェークスピア『十二夜』
17世紀のオランダでは、画家たちは音楽に強い興味を抱いていた。オランダ絵画黄金時代に制作された絵画のうち一割以上が音楽をモティーフに描かれ、ヨハネス・フェルメールにいたっては現存する36点中12点にものぼる。ロンドンで開催中の「フェルメールと音楽」展では、そのうち5点のフェルメール作品に加え、ヘラルト・テル・ボルフ、ハブリエル・メツー、ヤン・ステーン、ピーテル・デ・ホーホなど同時代の画家たちの音楽にまつわる作品を展示している。
オランダにおいて音楽は複雑で高尚な芸術というものではなく、全ての階級の人々にとって身近な娯楽であった。彼らは自分たちで演奏したり歌ったりできる室内楽のようなシンプルで親しみやすいものを好み、友人宅に集まって演奏会をしばしば行うなどしていた。生活に密接した音楽は、絵画のなかでもさまざまな象徴として描かれた。肖像画では楽器や楽譜は描かれた人物の才能や階級を示し、日常生活の一場面を切り取った作品では描かれた人々の教養や社会的地位を示した。
さらに音楽はハーモニー(調和)が重要であることから、男女間の恋愛と結び付けられるようになった。とくに音楽のレッスンは未婚の若い男女が一緒にいても不自然でない数少ない情景として人気があった。メツーの作品では、音楽教師である男性がレッスンを中断して若い女性にワインを勧めている。(図1)背景にはシェークスピアの恋愛喜劇『十二夜』を描いた絵画がカーテンから覗いており、これからふたりに訪れる出来事を予感させる。
フェルメールが描いた《音楽のレッスン》(図2)では、ヴァージナルを演奏する女性とそれに聴きいる男性が描かれている。女性は演奏に集中しているようにみえるが、頭上の鏡に映る彼女の顔は男性のほうを向き、彼に心を寄せている様子がわかる。ヴァージナルの蓋には「音楽は歓びの伴侶、哀しみの薬」と記され、彼女の心情が暗示されている。当時、ヴァージナルは女性の声の象徴であり、ヴィオラは男性の声の象徴とされていた。女性の背後にはヴィオラ・ダ・ガンバが横たわり、ヴァージナルに合わせてハーモニーを奏でられるのを待っている風景。静謐な画面の中に男女のドラマが隠されている。
また、画家たちは鑑賞者を単なる傍観者としてではなく、絵画のなかでおこなわれる恋愛劇の当事者として画面に引き込もうと工夫し始める。フェルメールの《ヴァージナルの前に座る若い女》(図3)やヘラルト・ダウの《クラヴィコードを弾く女性》に描かれた女性は鑑賞者に魅力的な視線を投げかけ、横にあるヴィオラを手に取って演奏するよう誘っている。
音楽は17世紀オランダ絵画を読み解く鍵といえるだろう。
なお、本展覧会では17世紀のヴィオラやギター、ヴァージナルなどの展示に加え、同時代の音楽の演奏会が毎週木曜日から土曜日に開催されている。
「フェルメールと音楽―愛と余暇の芸術」展は2013年9月8日まで。
<divclass=”museumInfo”>Trafalgar Square,
London WC2N 5DN
The United Kingdom
+44 (0)20 7747 2885
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