1930年代にベルリンで制作されていたある娯楽映画。他の多くの作品と同様、 ナチスの検閲により撮影は禁止され、映画はついぞ日の目を見る事がなかった。近年、この映画の存在を偶然知ったアーティスト、レイノルド・レイノルズ (1966年アラスカ生まれ)は、3年を費やして映画の修復プロジェクトに取り組んできた。この作品「ロスト」が、関連の品々とともに、現在オランダ・ハーグの発電所を会場とした「民衆宮殿(volkspaleis)」展で展示されている。
オリジナルの映画についての調査は20人の専門家とともに行われた。映像の他にスケッチ、絵コンテ、当時の制作者のノート、撮影に使われた衣装や小道具も含まれる。映像のほぼ全てがモノクロの16ミリフィルムを使い世界各地で撮影され、撮影の一部は一般公開される中でも行われた。二時間半の映像が2500㎡の会場に設置された7つの巨大なスクリーンに分割されて上映されている。
物語は、ベルリンのとあるキャバレーで暮らすライター、写真家などの芸術家、キャバレーのダンサーらを巡るドラマである。音楽、酒、同性愛などの「享楽的な生活」と、それを忌み嫌うナチス政権下の警察当局とのせめぎあいの様子が、フィルム映像独特の撮影手法を駆使しながら断続的に映し出される。映像には、当時タブー視されていた要素や奇抜な演出が詰め込まれている。そして、検閲など重苦しい空気の中で暮らしていた芸術家らの心の葛藤が生々しく描き出され、現実離れした妄想にすすんでいく・・・。
発電所という雑然とした会場 、複数のスクリーンが同時に目に入る展示構成、映像の展開が時系列でなく場面が交錯していたり、出演者がすりかわったり・・・見るものにとって「軸」を見失いやすいので、時間をかけて、じっくりと作品の世界を味わう必要がある。それでも、映し出される映像や小道具等の展示物が、30年代のオリジナルなのか、アーティスト レイノルド・レイノルズによって再現されたものなのかという謎は、解けないまま残る。まるで7つの映像や展示されている小道具全体が一つの大きな渦となって鑑賞者を巻き込みながら、 戦前のベルリンと現代の間をゆっくり回転し続けているかのようだ。
「この作品に終わりはない」と展覧会を企画した画廊ウェストのマリ・ジョゼ・ソンデアイカーは語る。彼女の画廊は、この作品には白過ぎ、小さすぎると判断し、発電所の建物にたどり着いたという。 画廊など従来の枠組みから飛び出した 「民衆宮殿」展は昨年に続き二度目の開催。閉鎖的な美術界から踏み出して、一般の人々に歩み寄ろうという画期的な試みだ。
「民衆宮殿」は10月6日まで。 開館日は毎晩イベントが開催されている。