T17世紀はスペイン絵画の黄金時代といわれる。この時代を代表するのはマドリードの宮廷に仕えたディエーゴ・ベラスケスである。宮廷画家であった彼の作品の半数は、現在でも代表作《ラス・メニーナス》をはじめとしてプラド美術館が所蔵している。今回のパリ・グランパレにおける回顧展ではプラド美術館の作品を核に、名高い肖像画、神話画、静物画などを展示し、包括的に彼の画業を紹介している
ベラスケスは1599年にスペインのセヴィリアに生まれ、12才のときに画家であり美術史研究家でもあったフランシスコ・パチェーコのもとで絵を学び始めた。すぐさま頭角を表した彼は、師の勧めもあって宮廷画家になることを志し、1622年に首都マドリードへと向かう。初期の風俗画や宗教画にはカラヴァッジオの間接的影響が見られるが、1623年に宮廷画家になったのちは、王室コレクションのヴェネツィア絵画との接触やスペイン王室を訪れたルーベンスとの交流、彼に勧められて行った2回のイタリア旅行などにより、様式と技法が洗練され、大まかな筆触により視覚的印象を的確にとらえるという革新的な描法を獲得した。
二回のイタリア滞在は、ベラスケスの作品に大きな飛躍をもたらした。1630年の一回目の滞在では、初めて風景画を手掛けた。逗留先のメディチ家の別荘を描いた《ヴィラ・メディチの庭園》は、19世紀以前にはほとんど例のない屋外で描かれた風景画である。鬱蒼と生い茂る葉の隙間から降り注ぐ木漏れ日、建物の壁面に当たる樹木の影、風にそよぐ葉によって素早く移り変わる光を巧みな筆で捉えている。イタリアで研究した風景画の成果は、スペインに帰国した後に肖像画の背景として取り入れられた。また、この時期のベラスケスは風景画だけでなくさまざまな主題に意欲的に取り組んでいる。そのうちの一つが神話画である。傑作《鏡のヴィーナス》(fig.1)はベラスケスが描いた裸婦像で唯一現存している作品で、厳格なカトリック教国であった当時のスペインにおいて極めて稀な題材であった。
1650年の2回目のイタリア滞在では、当時のキリスト教圏内の絶対的な支配者であった≪教皇イノケンティウス十世≫(fig.2)を描いた。 対象の内面まで深く掘り下げられた写実的描写は、肖像画家として名を馳せていたベラスケスの作品のなかでも最も優れたものである。
展覧会の最後は宮廷画家として多くの人物を描いてきた彼自身を描いた自画像で幕を閉じる。静かにこちらをじっと見据える思慮深い瞳が印象的な作品である。
ベラスケス展は7月13日まで(火曜日休館日)。