数ある傑作のひとつに「柔らかい時計」としても呼ばれる≪記憶の固執≫があげられる。この作品は現実と夢が奇妙に混ざり合う世界を卓越したテクニックで描いている。ダリの作品の中で最も知られたものであるが、実際に目の前にするとあまりの小ささに驚かされる。画面の大きさはたった24x33cmしかない。その小さな画面には、ダリのアトリエがあったポルト・リガトの海辺を背景に、現実世界には存在しえないだらりと柔らかい時計と肉塊のようなダリの顔が配されている。長いまつげは、今にも動き出しそうな昆虫を連想させる。絵画は「一般的には具体的な非合理性と想像される世界を色彩を使って手書きした写真」であると言ったダリの絵画観が端的に表われている作品である。
展覧会の後半では、ダリの世界にさらに入り込める仕掛けがなされている。それはアメリカの映画女優メイ・ウエストからインスピレーションを受けて制作されたインスタレーションである。この作品は彼女の肖像画を、唇をかたどった椅子や鼻の形をした家具、髪をカーテンで表現するなどして立体的な部屋に再構築したものである。ここで観客は文字通り作品の中に足を踏み入れ、自分の姿が作品の中に入り込んだ写真を収めることができる。
ダリの独創的な作品は一度見ると強く記憶に残るが、彼の奇抜な外見もまた人々に強烈な印象を与える。ぴんと跳ね上がった口ひげが特徴的な彼の顔は、もしかしたら彼の作品よりも有名かもしれない。自己演出に長けたダリは、自らを「天才」と称して常識から逸脱した行動をとり、新聞やテレビなどのメディアに次々と話題を提供した。商業的なものやショウビジネスを嫌う芸術家たちのなかで、ダリの積極的なメディアへの露出は注目を浴び、彼の名声の確立に重要な役割を果たした。しかしながら、我々は彼が作り上げた「天才」ダリの姿を信じ込まされてはいないだろうか。
本展覧会では、作り上げられた「天才」ダリのイメージに疑問を投げかけ、丁寧に作品を辿ることで本来のダリの姿を浮き彫りにしようとしている。
ダリ展は3月25日まで開催。(火曜日休館)