ロシア人画家カジミール・マレーヴィチは、新しい美術様式であるシュプレマティスムを1915年に創始した。シュプレマティスムとは目に見える世界の再現を避け、作品が純粋な美術作品として存在する抽象をめざしたものである。ロシア国外で最大のマレーヴィチ・コレクションを誇るアムステルダム市立美術館では、同時代の芸術家との関わり合いを示しながら、美術に革新をもたらしたマレーヴィチの画業を、作品総数約350点で振り返る「カジミール・マレーヴィチとロシア・アヴァンギャルド」展を開催している。
マレーヴィチは当時のロシアの画家たちと同様に、印象派やキュビスムなどのフランス美術に多大な影響を受けていた。しかし次第に彼を含めたロシアの革新的な画家たちは、西ヨーロッパの絵画は終わったと考えるようになった。そして新しい絵画は東から、つまりロシア美術から現れると考え、ロシアの昔話や宗教的な物語など土着的主題を扱った民衆版画やロシア・イコンを参考にし始めた。彼らの作品は深い赤や緑、黄色といった力強い色で彩られ、マレーヴィチも大胆な色彩の対比を用いて農作業に携わる労働者を描いた。
1915年、マレーヴィチは個展「0.10」で、突如として全く新しい作品を発表した。それらは白地に基本色である黒・赤・青・黄色で、円形・四角形・十字形といった単純な幾何学的形状が描いた抽象画である。マレーヴィチは奥行などを含めて現実世界の再現を否定し、リアリズムに対する色と形の勝利としてシュプレマティスムを主張した。今回の「マレーヴィチ」展の展示室では、1915年の「0.10」展の様子が再現されており、そこにはロシアの家庭でイコンが置かれるべき天井の隅に、新しい芸術のイコンとして《黒の正方形》が配置されている。
この純粋な抽象絵画への急激な転換の背景は現在でも謎とされているが、「0.10」展が開かれる2年前にマレーヴィチが関わった前衛オペラ「太陽への勝利」がきっかけとなったのではないかと考えられている。オペラの台本は未来派の詩人アレクセイ・クルチョーヌィフ、音楽はミハイル・マチューシン、舞台美術と衣装デザインをマレーヴィチが担当した。マレーヴィチがデザインした衣装は彼の絵画作品と類似し、基本色と立方体や円錐といった単純な形体が用いられている。昼と夜を象徴する舞台背景は、後のシュプレマティスムを予感させる白と黒の単純な形体で構成されている。このオペラ公演のビデオとマレーヴィチの衣装デザインおよび舞台デザインのスケッチは、本展覧会の目玉として一室に展示されている。
「カジミール・マレーヴィチとロシア・アヴァンギャルド」展は、2014年2月2日まで開催。