芸術は目に見えるものを再現するのではなく、見えるようにするものである。
——— パウル・クレー
ドイツ人画家パウル・クレーの大規模な展覧会が、ロンドンのテート・モダンで開催されている。世界中から集められた素描、水彩、油彩画あわせて約130点が年代順に展示されている。
展覧会は、技術的発展を遂げた1920年代から始まる。《コメディ》(1921 図1)では、クレーが生み出した油彩転写の技法が使われている。まず鉛筆やペンなどで素描を描き、それを黒い油絵の具を塗った紙の上に置き、その線描を針でなぞって転写する。この方法で描かれた線は、にじみやかすれがともなう味わい深い線となる。また転写の際に手が紙に触れてしまったところは、淡い汚れとして写しとられている。油彩転写を始めた当初の作品には色彩を施されていなかったが、のちに水彩で薄く色を重ねて着彩するようになり、自らを「色彩の画家」とするクレーの表現と融合していった。《満月の下の火》(1933 図2)は、夕闇のなかで輝く満月の黄色と地上で燃え上がる炎の赤が印象的である。シンプルな構成で色の力が発揮されている。これらのほかにも大胆な色彩のグラデーションを使用したり、点描を用いたりとさまざまな技法で作品が制作された。
クレーは詩情豊かな作品から「孤独な夢想家」とも評されるが、一方で優れた理論家でもあった。たとえば、色彩理論の著作をあらわし、バウハウスで造形と色彩について教鞭をとっていた際には、講義のための綿密なノートを作成している。1921年からは作品約9600点を掲載した膨大な作品リストも編纂した。このリストは作品テーマによって分類され、作品番号とともに作品タイトルおよび詳細な制作方法が克明に記録されている。クレーは生涯のうちに、ミュンヘン、ワイマール、デッサウ、デュッセルドルフ、ベルンでアトリエを構えた。どのアトリエでも自身の作品を壁に隙間なく並べ、その様子を写真に残している。今回の展覧会では、クレーが編纂した作品リストとアトリエの写真を参考に、画家の意図に沿った展示を行い、制作の過程および思考の過程を明らかにしようとしている。
「パウル・クレー メイキング・ヴィジブル」展は、2014年3月9日まで開催(無休)。